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7th August, 2014Short Story/
Fujimaru, the New Hachiohji Head of a ward, has stationed !/藤丸新八王子区長、着任!をup
1st August, 2014
Five Years After the Battle in Shinjuku 3-4をup
4th July, 2014 サイト開設
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「ええと、、、次は、阿久津藤丸新八王子区長、お入り下さい。」
隕石衝突後にできた新都庁内の小振りのミ−ティングルームの外で少し待たされてから、ドアが開いてその声の主から自分の名前が呼ばれた。
「藤丸、でいい。」
聞くのも吐き気がする、自分を捨てた家の姓を久々に聞いて、藤丸が吐き捨てるように言う。
「では、藤丸新八王子区長。どうぞ、その辺にお座り下さい。」
自分以外は誰もいないミーティングルームで、眼鏡をかけた優男風の気障な容姿の男に、こいつも適合者かよ?、と思いながら適当に正面の席を取る。
都庁から支給されたばかりの、ぱりっとした黒軍服に身を包む、年少の適合者に天城屋は視線を流した。
「ん?まだ13、14?これは、ずいぶんお若い・・・。ホントに大丈夫なんでしょうねぇ・・・辺境のヘッドに飛ばして。」
まだ顔から幼さの抜けない、長い黒髪を高く一つに束ねた、つり目気味の細身の少年をじろじろ見ながら、その優男はファイルを見直した。
「要件は何だよ。お前の独り言を聞かせるために呼んだんじゃねぇだろ。」
手元のファイルを確認しながら、なかなか本題に入らない相手に、少しイライラして、藤丸が口を挟んだ。
「新任区長向けのオリエンテーションですよ、要件は。案内、お読みにならなかったんですか?」
もってこい、と言われた極厚のマニュアルは持ち運ぶのが嫌で、それにアクセスできる端末しか持ち歩いていなかった。
「ずっと研究所からお出になってなかったようで、 アンタみたいな箱入りに関しては、近衛で面倒見た方がいいって、あたしからも閣下に進言したんですけどねぇ・・・・・・外に出して色々と面倒起こると、更に面倒ですし。
しかし、閣下のお考えでは、一度外の世界を見ておく方が良かろう、という事で。」
ぱたん、と手元の資料を閉じて、天城屋は正面から藤丸の目を見て言った。
「オレとしては、あのババァから少しでも離れられるなら、何でもいいけどな。」
ふん、と藤丸の言葉を鼻で笑って、天城屋は更に言葉を続ける。
「ま、新八王子区長、お困りの事がありましたら、いつでもご連絡下さいね。全て助けられるとは、限りませんが・・・。」
こっちもガキのお守りだけやってる訳にはいきませんからね、と世間慣れしていない藤丸にも分かる、自分を小バカにしたような言葉がさらりと漏れる。
「てか、てめぇ誰だよ?知らなきゃ、困った時に連絡もできねぇよ。」
自分が知らないとなると、きっと最近適合者としてババァに登用されたやつだな、と当たりを付けた。
「おや、ご存知ありませんでしたか?近衛副隊長、天城屋です。以後お見知りおきを・・・。」
送り出す様子も、オリエンテーションでの会話からも、以後困っても絶対係りたくないと思わせるやつだった。
ー今日は八王子に移動して、休むか。
時計が既に18時を過ぎていて、あとできる事はなさそうだ。
ーケンと、一度話したかったけどな。
これから隣の区に着任する、とメッセージだけ送って、藤丸は八王子区の唯一の連絡先として渡された、副区長の電話を呼び出した。
以外にも、女の声が向こうから聞こえてきて、やっと声変わりが終わって来た藤丸の声が夕方の新宿特区に響く。
ー男相手よりは少しは、やりやすいかもしれねぇか。
今日の天城屋の様子を思い出して、ホントにいけ好かない野郎だったぜ、と心の中で毒舌を吐く。
自分のバイクが止めてある駐車場に移動して電話を切り、慣れた様子でそれに跨がると、勢い良くベダルを踏みエンジンをかけて八王子へ飛ばした。
初対面の八王子区副区長は藤丸よりも少し背が高く、濃い栗色の髪を結い上げている、女性らしい体つきと雰囲気が支部職員のかっちりした制服とギャップのある印象だった。
初めて区庁舎と八王子区を訪れる藤丸の為に、大まかな概要を各部署の責任者から聞いてから、区内の視察をする手配がされていて、その手順自体は非常に手際良かった。
「ふーん。」
と隣を歩く副区長の案内で、自分の区を一通り見て回った藤丸新区長は
「で、何か問題は今あるか?」
と区長室にもどって彼女に聞いた。
「特には。うまくいっています。」
と答えてくるのに、藤丸が、ちらっと税収の数値を見る。
「うまくいってるって割には、ちゃんと取りきれてねーのな。」
手元の資料では、新宿特区から提示されている目標値の60%程度の納税額しか、実績があがっていなかった。
「それは・・・八王子の住民は貧しいですし、納税対象者も全て把握できていなくて・・・」
「はぁ?何で把握してねぇんだよ?」
ーそっからかよ・・・、前任区長は何やってたんだ?
と歯切れの悪い副区長の言葉に、気の短い藤丸はイラッとする。
「何かやってんのか?」
「何か、とは?」
「この税収額、上げるためにだよ!」
納税実績の資料を顔につきつけられて、適合者、とはいえ自分よりも10以上年下の少年に怒鳴りつけられ、女性副区長長の顔は強ばった。
「八王子は人口多い割に税収少ないって、特区では目ぇ付けられてんだよ。」
そうでしたか、と呟く彼女のいまいち鈍い反応に、またイラッとした。
「対策まとめてる資料、持ってこい。すぐに。」
どさっと区長席に座って、藤丸が女性を睨みつけて低い声で言った。
「すぐ、と言いわれても、対策案は部署毎にそれぞれありまして・・・」
「オレはすぐに、って言ってんだ。さっさとここから出て、集めて来い!」
また怒鳴りつけると、副区長は強ばった顔で返事もせずに、さっさと区長室を出て行った。
ーあれでナンバー2かよ。ここの奴ら、使えんのか?
端末のチェックをすると、ケンから返信があって、近いうちに会おうと書いてあった。
ーケンのとこは、軍隊の街だよな。
オレんとこより大変そうだな、と思い、パチンと端末を閉じた。
着任して一週間、藤丸はバイクを飛ばして立川へ向かっていた。自分のいる八王子はひどい道路の状態だが、立川に近づくにしたがって道はきれいに舗装され、バイクのスピードがぐんとあがる。
ケンから連絡のあった待ち合わせ場所の駐屯基地が見えて来ると、そこにはもうヴァンから出て、自分を待っているケンの姿が見て取れた。
勢い良くバイクをその敷地内へ滑り込ませ、ケンのヴァンの横でぴったり止める。
「藤丸、またヘルメットかぶってないのか?危ないな。」
彼の到着に気付いたケンが、側に寄って来た。
「何か、邪魔でよ。」
とバイクから降りた藤丸はケンが挨拶に上げた手を、パンと叩いて挨拶を返した。
「着任おめでとう、藤丸。まさか隣の区とはな。」
「あの胸くそ悪りぃ実験室から少しでも離れられて、せいせいしたぜ。」
「しかし・・・お前のその右手なら、近衛相当だと思ってたんだがな。」
駐屯地から離れ、そこから近い立川区庁舎へ向かおうと歩き出しながら、ケンが言った。
「実験もねぇのにババァの側になんか居たくねぇよ。」
ケンの隣のいつものポジションに収まって、一緒に庁舎まで歩く。
「しかし、来て一週間だろう。着任したては休んでもいいのに、俺の区の様子を見たいなんて・・・。」
慣れない事だらけで、疲れてるだろう、と藤丸に話しかける。
「それよりも、やんなきゃいけねぇ事がどんどん見つかってよ。まったく、何でこんな放っとくんだって、すぐやりゃぁいいのに・・・・・」
まだ、大人の事情が分からない、年若い区長が目の前の課題に奮闘している様子がうかがえて、ケンは思わず先に就任した区長として、彼のやる気を微笑ましく思う。
「八王子の前区長は何か引き継ぎ文書、残していったのか?」
もうすぐ区庁舎に着く時に、ケンが聞いて来る。
「何もねぇよ。」
ぶっきらぼうに言った感じでは、本当に引き継ぎ事項はなかったらしい、とケンは察した。
「それで着任して何か、分かったか?」
「取りあえず、やつら、なんもしてねーってことは。」
彼の毒舌に苦笑しながら、立川区庁舎の扉を開ける。
「区長室に行こう。そこからだと、お前の見たいものは全部データで見られるから。」
「ケン、いつも世話になって、わりーな。」
と珍しく素直に感謝の言葉を口にする藤丸に、”You’re welcome”と返す。
その言動に、大人になったな、と感慨深くも思い、ケンは立川区庁舎の自分のオフィスがある方へ案内するのだった。
区長室に入った藤丸が、まず驚いたのは膨大な記録文書が呼び出せばすぐ出てくる事だった。
「ケン、これって職員が全部自分でやってんのか?」
「基本軍隊だからな。上長へ報告できないやつは、除隊だ。」
八王子なんて、あんなせめぇとこなのに情報集められないのによ、と一週間使ってきた副区長の顔を思い浮かべる。
「そーいや、ケンのとこの副区長って何やってんだ?」
純粋に興味から、きいてみた。
「確か・・・自衛隊出身の日本人だ。元陸上自衛隊所属航空隊の・・・」
と、その経歴を聞いただけで、藤丸的には、げ、筋金入り、と八王子とは比べ物にならない。
「どうした?藤丸。」
頭を抱えて、自分の思考に落ちている彼をこっちに戻そうと、ケンが言葉をかける。
「いやー、八王子なんてさ、もと都庁職員の現場も知らねー、手も動かさねー官僚ばっかでよ。」
学歴の高いエリート、というのは、今までの藤丸の経歴から言ったら一番相性が悪いと思われた。
「でも、そこにヘッドとして置かれたってことは、お前に最終決定権があるんだろ?」
とケンが励ます意味でも前向きなポイントを藤丸に言う。
ま、そーだけどよ、と既に大人達の抵抗の壁に突き当たっている若者の、迷いが見える目がケンには分かる。
「藤丸、お前はできるやつなんだから、安心して、好きに行動しろよ。」
バン、と勢い良く、まだ10代前半の彼の背中を叩くと、イテーよ、ケン!、と藤丸の声が楽しそうに帰って来る。
ーこんな環境じゃなきゃ、本当はもっとゆっくり成長できたけどな・・・
と、ケンは自分が藤丸と同い年ぐらいのときの、自分の境遇と比べた。
「藤丸、困った事があればいつでも言ってこい。時間なんて気にするな。」
とケンは藤丸の隣にどさっと座り、視線を合わせて言う。
「サンキュ、ケン。いつもわりーな。」
と、やっと自分が知っている、研究所の時の悪ふざけをしていた雰囲気が感じられた。
ー無理してるんだな。
夕食を一緒に取ってから、八王子にバイクで帰る藤丸をケンは暗い立川の駐屯基地で見送る。
ー本当に、困った時は連絡して来いよ。
いつでもサポートしてやる、と独り立ちを始めた自分の頭の中ではまだ幼い昔なじみに、ケンはエールを送ったのだった。
「だっから、何でこの税収は、上がらねぇんだよ!」
この一週間、同じ話題をしてきた副区長と、藤丸はいいかげんうんざりして原因を問いつめていた。
「私たちは、この方法でずっと税収が上がるように努力してきました。あともう少し時間をかければ・・・」
「だっから、半年経っても、全然効果がネェンだろ。」
何度この会話をこいつとしたか、この1週間強の期間に、とうんざりして藤丸がため息をつき、区長の椅子に身体を預けた。
ーこんな狭い区内で、ここまで仕事が進まねぇなんておかしいよな?
少し自分で調べてみっか、と頭の隅で考えながら、煩いこの女も黙らせねぇと、と手元の端末を開く。
だから、とまだ言葉を続けそうな副区長を無視するように、藤丸はそれである番号を呼び出した。
彼女の方を見ずに、めあての相手が電話出たのに、藤丸は簡潔に要件を言った。
「八王子の職員使えねぇよ。全部強制労働送りにしていいか?」
藤丸の言葉に、副区長の動きが止まる。
”全部ですか?”
とその先の声の主が聞いてきた。
「待って下さい、藤丸区長、もうちょっとできる事やってみます。」
と副区長が言ったのに、3日後に人数連絡する、と藤丸が言って電話を切った。
冷や汗が額に浮かぶ副区長に、藤丸が言う。
「3日だかんな。待てんのは。」
くっ、と口惜しそうに、彼女は何も言わずに、区長室を出る。
ーま、いーじゃねぇか、もしかしたら誰か適合者様になって、帰って来るかもしれねぇしよ。
と自嘲気味に自分の右手を見つめ、それが自分に付けられた過去が思い出され、思わず側にあった区長の着任記念のオブジェを左手で取って、ガン、とその辺の本棚に向けて投げつけた。
ーふざけんな、ババァ!こんな化け物に誰がなりたくてなったってんだ!
彼の力では端が掛けただけのレリーフだったが、藤丸はそれを戻す事もなく、少しはやりきれない気持ちといらだちが収まったのか、区長室のPCで区庁舎内にある過去の税収に関する情報を吸い上げ、それを自分の端末へ送って異常値の検索を始めた。
税収対策結果の報告前日の夕方に、藤丸八王子区長の部屋に狩人部隊の赤銅隊長が訪問してきたのを区長室近くの八王子支部の職員が見つけ、職員の間に緊張が走っていた。
緊張した表情の八王子副区長は、区長室で近衛のトップと藤丸がどんな話をしているのか気になっている様子だが、低い声で話しているせいかドアが開いていても内容までは聞き取れない。
処分に容赦がないことで有名な赤銅隊長の訪問は、八王子で処分される人間が出たのか、又は自分の不始末が見つかったのかと怯える者もいた。
藤丸もまさか、自分が天城屋に狩人部隊の応援を依頼した時にこんな大物が来るとは思っていなかった。
ー近衛のトップかよ。
赤銅隊長が自分の目を見て、よろしくな、と言った時にきっと自分はちゃんとそのトップの目を見れていなかったと思う。
ーすんげー、威圧感だ。
ぽん、と肩に手を掛けられて、リラックスしろよ、と声もしたがまだ着任2週間足らずでは何を基準に気を抜けばいいのか分からなかった。
「で、俺はいつ何をすればいいんだ?」
ババァとは違う威圧感と、それとは違うほのかな居心地の良さが言葉から漏れて来て、藤丸は思わず安心感から甘えそうになる自分を叱咤する。
ー都庁のやつは信用できねぇ、ケン以外は・・・。
キッと目線をきつくして視線を上げ、赤銅近衛隊長に言った。
「明日、八王子の職員相手にミーティングする。その時にオレの背後にいてくれればいい。あと、オレの指示に歯向かったやつがどうなるか言ってくれれば。」
藤丸の気張った表情に少し思う事があったのか、赤銅近衛隊長は胸ポケットからシガレットを取り出す。
「火、あるか?」
「ねぇよ。」
ふっと笑って、以前の東京ではまだ中学生、の年齢の彼の頭をぽん、と撫でるように軽く叩く。
「安心しろ、八王子区長。全力でサポートしてやる。お前は閣下のお気に入りで、今の東京に本当に必要な人間でもあるからな。」
その仕草に、子ども扱いしやがって、と思うが、さすがにそれを表面に出すのはまずいと感じた藤丸は、
「近衛隊長、感謝するぜ。」
と言い捨ててその手を逃れ、区長室から足早に自室へ帰って行った。
「人手たりねーんだよ!!使えるヤツさっさとよこせ!」
また立川に向かうバイクの運転中に、都庁から受け取ったメッセージにすぐに文句を言い返そうとあのいけ好かない眼鏡の優男の直通電話に繋いだ。
「あんた、運転中じゃないんですかね?交通違反ですよ?」
休みの日に電話を取ってしまった天城屋が、さっさと切ろうと藤丸の行動を注意する。
「あいにく交通違反に引っかかるような通行人は、こんなとこにいねーよ。」
見る限り、誰もバイクの進行を横切らない、見晴らしのいい道路を一直線に走らせて藤丸が言い返した。
「あのねー、職員を切ったのアンタでしょ?ちゃんとその後考えて、切ったんでしょーよ。」
先日の税収改革案の結果で使えないヤツ、と藤丸が判断して、強制労働に仕分けされた女八王子副区長その他に同情する訳ではないが、ただでさえ人口が少ない東京の職員をさらに無駄にした彼に、少しは区長らしくしてもらおうと苦言を返す。
「人の質が違い過ぎんだよ!大体、立川なんて最初から組織だってんじゃねぇか!」
自分の要求を最初から通す気がない言葉を聞いて、 ぶちっと、 藤丸が切れて大声で怒鳴り返す。
「立川は立川。八王子は八王子に向くようにこっちでは振り分けさせて頂いておりますよ。手駒を使いこなせないようだったら、さっさと近衛にいらっしゃいましね。」
じょーだんじゃねぇ!、とばつっと音声が切れた。
ーんったく、子どものお守りまでこっちでさせられるとは、都庁の人材不足も極まってございますねぇ・・・
ま、閣下からの直接のご依頼じゃこっちも無下にはできませんが、と天城屋は携帯をさくっといつもの上着の内ポケットに落とす。
さて、白雪様のご機嫌伺いに、と踵を返して休日に出勤している近くの職員に指示を出す。
ーでも、八王子区長の右手はあたしでも、今の東京になくていいとは言えませんねぇ・・・
早いとこ代わりができて欲しいもんですが、と頭の中で勝手に彼を片付けようとしたが、さらにいけ好かない奴でもねぇ・・・とガキんちょの戯言の方がましか、と思いながら、麗しの白雪様への花束を手に恭しく都庁の最上階へ向かったのだった。
「藤丸、それは・・・頂いちゃえば良かったんじゃないか?」
天城屋との言い合いの後に、また週末の立川の例の待ち合わせ場所に来た藤丸に、ケンは笑いながら、藤丸の話に正直に感想を言った。
「なっ!ケンまで!」
だって、経験豊かな女性からの誘いだろ?と言うケンに、
「オメーまで、そんな事言うと思わなかったぜ。」
と軽蔑するような視線が来て、おや、とケンが反応する。
「大体、オレはあいつの上司なんだぜ。それを色仕掛けで誘惑して何とかしようなんて、ぜってーロクなもんじゃねぇ。」
あいつ、というのは最近よく話題に出る、藤丸曰く、使えない八王子区の女副区長のことだ。
処分してやった、という藤丸の言葉を聞きながら、
ーま、そりゃそうだな。
とケンも、もっともだ、と思う。
「それに、 あーゆーのを利用してどーにかしようとか、本気じゃなくて遊びだからとか、オレはヤなんだよ。」
藤丸の声が一段低くなって呟くように言うのに、そういえば、彼の出生は望まれない子どもだったとケンは思い出した。
そう言う彼の目は真剣だったが、同時に複雑で様々な価値観が入り交じっている大人の中で、その挟持を保って行けるのか、不安な様子も少し見て取れた。
「ま、お前は間違っちゃいないよ。変に受け入れて、弱みを握られて動きが取れなくなっても困るしな。」
とん、彼の背中を叩く。
そのケンの励ましに安心したのか、藤丸の口端が少しあがった。
「ただ、、、最初っから本命で本番だとかなり緊張するけどな。」
自分の時の事を思い出すようにケンが目を上げて言うと、
「ど、どーゆー意味だよ?」
と、彼の言葉に 藤丸が引っかかってくる。
「うん?興味があるのか?」
にやっと笑って見て来たケンの目に、よけーな事言っちまった、と言う表情をした。
「・・・・・・・、き、今日はその話をしに来たんじゃねぇよ。立川のシステム参考にさせてもらうのに来たんだよ!」
とさっさとこの話を終わらせようと、藤丸はケンから視線を外し、路肩から立って服に付いた土を軽く払う。
「そうだったな。しかし、、、、立川なんて男でしかも軍人ばっかで、色気もへったくれもないから、そういうのはちょっとうらやましいけどな。」
と、笑って言うケンに、
「好みじゃねぇオバはんに言いよられても、迷惑なだけだぜ?」
と、ビシッと言い返される。
ーオバ、、ま、藤丸の年じゃそうか・・・
彼の言い方に支部の職員とうまくいっているのか少し気になったが、とりあえずは今回の要件の立川庁舎の扉を開ける。
「区長室でシステム全体見てからがいいよな。」
とケンが確認するのに、藤丸が頷いた。
週初めに大量に八王子区から届いた職員の処分者リストを、赤銅泉はいつもの手順で内容を軽くチェックしていた。
「こんなに八王子から人出して、あそこ回るのか?」
「あー、その件で区長から人回してくれって、依頼が来てましたね。」
泉と一緒に処分者のチェックをしていた天城屋が答える。
「区長、ってあの細っこいガキか。」
「そーいや、隊長自ら行かれたんでしたね。先週八王子に。」
「ちょうど空いてたからな。」
と天城屋が見終わった分を受け取る。
その一番上にあった八王子副区長、の肩書きを見て
「ナンバー2まで処分したら、ガキ一人で狭い区内とはいえ無理じゃないか?」
とその処分書類を天城屋に見せる。
「その女はねー、真っ黒ですよ。ちょっと前に公金横領で処分した前区長とも、よろしくヤってたようで。」
書類にある処分理由を見ると、組織的、恒常的な税金着服と公金横領、とそのエビデンスが添付してあり、追加で管理権限逸脱、とあった。
「何だ、この管理権限逸脱って?」
「どーも、この処分を取り消させるために、現区長を誘惑して囲い込もうとしたらしいですよ?」
「相手はガキだろ?」
「13、4ですからね。本人が興味を持ってたら、危なかったでしょうね。」
そりゃクロだな、と泉が書類を束に戻す。
「しかし・・・、八王子は前区長だけじゃなく、何かあると思っていたがこんなに早く上がってくるとはな。」
軽く2、30人はいるリストをぱらぱらとめくって、泉が言う。
「さすが、閣下のお気に入りの右手の持ち主、ってところですかね。」
チェックが一段落ついて、別の仕事に取りかかろうと立ち上がり、天城屋は泉の執務室を出ようとする。
「八王子の職員補充、についてはこっちからも依頼出しといてやれよ。」
と泉が言うのに、了解致しました、と天城屋は答えてドアを閉めた。
「おい、八王子のシステム担当のヤツ誰だ?」
月曜に区長室から、大分人が捌けた職員のオフィスの方へ出て来た藤丸は、いつも用を言いつけていた副区長がいなくなったので、その辺の職員に話しかけた。
「あっ、あっちの隅です。」
話しかけられた職員は、一瞬自分も処分の対象になるのかと怯えながら、逃げるように対角線上の隅っこにいる人間を指し示す。
「サンキュ。」
そっちの方へさっさと向かって行く藤丸に、安堵したように当の職員は力が抜けていた。
隅っこに隠れるように、顔をモニタで見えないくらいに俯けてる、いかにもPCオタクっぽい太めの男のところへ、カツカツと藤丸は近づいてその横に突っ立った。
「おい、八王子のシステム全体見せろ。あとハード置いてある所に連れてけ。」
話しかけられていると思ってないのか、怖くて見られないのか、見下ろしている藤丸の方へその男は顔も上げもせず、ずっとモニタから目を離さない。
チッと舌打ちした藤丸は、足下にあったそいつのデスクトップをガン、と勢い良く蹴っ飛ばして部屋の隅まで転がし、職員が見ていたモニタを、両手でガサっと持ち上げて机の上から床に投げ捨てた。
「区長が聞いてんだ。顔上げて、挨拶ぐらいして、さっさと質問に答えろ。」
話しかけられた当人は視線を向けていたモニタがなくなって、藤丸を見て青ざめ、周りのそろそろ出社して来た職員たちは、とばっちりを受けないように目をそらせていた。
「は、ひゃい。ふ、藤丸区長。システム図はここに!」
デスクの一番上の引き出しから取り出した紙を受け取り、ちらっと見て藤丸はすぐに投げ捨てた。
「こんな子どもだましのヤツじゃなくって、ちゃんとどこに何があるか書いてあるやつだよ。」
ガン、と机に足を載っけて睨みつける。
「そ、、、、それはデータサーバの中に・・・・」
ふん、と言って足を戻す。
「誰かそれを探して、オレの所に送っとけ。あとお前はハードウェアの所に案内しろ。」
データ探しに逃げようとしたその男の襟首を捕まえて、案内しないと強制労働送りだぞ、と脅す。
「す、すぐにご案内します!」
ぎくしゃくと右手と右足が同時に出て、下手なからくり人形のように動くシステム担当についていく前に、
「お前らも、オレの言った事ちゃんとやらねーと、すぐクビにすっからな。」
と脅しのように言い捨てた。
夕方近く、システムハードまわりを大方を見終わった藤丸は区長室に、例のシステム担当とそれが連れて来たある程度機械まわりができる2、3人のメンバーを呼びつけていた。
「八王子のシステムを全面改修する。中身はオレがやるから必要資材集めて来い。」
気の弱そうな職員一同を睨みつけて、最初に餌食にしたシステム担当に必要資材のリストを渡す。
中身を怯えながら見ているそいつに、
「全部集まるか?」
とじろっと視線を流す。
「こ、、、、この辺は八王子でも手に入りますが、他のはどこで手に入るか皆目見当が・・・」
PCオタクが正直に言ってくるのに、以外と素直に対応する藤丸に、少しまわりの空気が緩む。
「その辺は杉並に当たってみろ。工場区だからあるだろ。これは前見たら立川に余分にあったから、連絡しとく。おめぇ取りに行けよ。あと、この辺は・・・都庁からかっぱらってくるしかねぇか・・・」
藤丸の言葉に何も動かないシステム担当その他に、
「分かったか?」
ときつい語調で睨みつける。
「は、はい。」
びくっとして、職員全員が藤丸の顔をやっと上司を見るような目で見た。
「都庁にはオレが行く。後は適当に振り分けて行けよ。明日までだ。」
指示を出し終わって、ぼーっと突っ立っている職員たちに、さっさと帰れ!と怒鳴りつけて、区長室を追い出す。
ーんったく、鈍くせー奴らだぜ・・・
と、今日の藤丸八王子区長のお仕事は終わったようだった。
あらかた資材が揃った2、3日後、藤丸は仕事場をサーバ室に移し、例のシステム担当を時々呼びつけて、簡単なプログラムとハード設定は全部そっちへ仕事をまわしていた。
「てめぇ、こんな簡単な不具合ぐらい何で直してねぇんだよ。」
前のシステムの使えそうな場所で簡単なバグが見つかって、藤丸があきれたように言う。
「そ、、、それは前区長と副区長が絶対やるなと・・・」
ーそういうことか・・・
仕事をシステム化せずに、書類まわりと手順を複雑にして横領しやすくしてたってことだな、と藤丸が予想した通りの様子が容易に頭に浮かんだ。
「オレの八王子はこのシステムで、全区内の動きと情報が見られるようにするからな。そのぐらいの不良はてめぇでさっさと直せよ。」
仕事を任された、という言葉にその職員は少し嬉しそうな表情をしたが、また用があったら呼ぶから、さっさと出てけ!と怒鳴られて、そのPCオタクはすぐにしゅんとしてサーバ室を出て行った。
と、藤丸の専用端末にいけ好かない近衛副隊長の番号が表示される。
「んだよ。仕事中で急がしーんだよ。」
一応繋いで、すぐ切ろうと煩そうに答える。
「おや、補充職員目処がつきそうなんですがね。止めときますか?」
と声が聞こえて来た。
ぴくっとして、
「話せよ。」
と天城屋を促す。
「全員補充は無理ですが・・・」
「半分でいい。ここの仕事オレの右手でシステム化すれば、それで十分回る。」
カチャカチャとキーボードを入力しながら、天城屋に答えているのとは別に、ぶつぶつと独り言のように呟いている。
「なら、近日中にご希望通り、手配できそうですね。あ、ちなみに次期副区長は男性と女性とどちらがよろしいですか?」
「男にしといてくれ。 当分仕事で女に係りたくねぇ。」
と言うのに、拝承致しました、とイカレメガネのからかうような返事が聞こえる。
今日中に補充職員の経歴送っときますから、見といて下さいよ、と言う言葉を最後に天城屋の電話は切れた。
その電話が切れた後も、藤丸の独り言はサーバ室ではずっと続いていて、それと一緒に新八王子区システムが彼の作ったプラン通りにどんどん組み立てられて行く。
定時を過ぎてもサーバ室から出て来ない区長の様子に、八王子のアドミン責任者がその部屋のドアをノックする。
「藤丸区長?藤丸様、もうこちらは仕事終わりましたので、失礼させて頂きますが。」
ぶつぶつと他人目からは独り言に見えるそれがやっと止まって、藤丸がドアの方を見る。
「ああ、かまわねぇよ。明日もちゃんと来いよ。」
と答えてまたさっきと同じ作業に戻る。
ーあの子供・・・何だ?
精神異常の独り言、とは違う感じにその八王子職員は自分の知らない不気味な雰囲気を感じる。
そんな周りの人間の感情はかまわずに、目の前のシステムの完成に集中し、藤丸は手元の機械と会話を続ける。
時計が夜中の12時を回った後も、サーバ室の灯りはオフにならずに作業と会話は続き、午前3時を過ぎた辺りでやっと眠くなって来たのか、藤丸は手元の毛布を引き寄せて灯りを消し、仮眠を取ろうと横になった。
隕石衝突後にできた新都庁内の小振りのミ−ティングルームの外で少し待たされてから、ドアが開いてその声の主から自分の名前が呼ばれた。
「藤丸、でいい。」
聞くのも吐き気がする、自分を捨てた家の姓を久々に聞いて、藤丸が吐き捨てるように言う。
「では、藤丸新八王子区長。どうぞ、その辺にお座り下さい。」
自分以外は誰もいないミーティングルームで、眼鏡をかけた優男風の気障な容姿の男に、こいつも適合者かよ?、と思いながら適当に正面の席を取る。
都庁から支給されたばかりの、ぱりっとした黒軍服に身を包む、年少の適合者に天城屋は視線を流した。
「ん?まだ13、14?これは、ずいぶんお若い・・・。ホントに大丈夫なんでしょうねぇ・・・辺境のヘッドに飛ばして。」
まだ顔から幼さの抜けない、長い黒髪を高く一つに束ねた、つり目気味の細身の少年をじろじろ見ながら、その優男はファイルを見直した。
「要件は何だよ。お前の独り言を聞かせるために呼んだんじゃねぇだろ。」
手元のファイルを確認しながら、なかなか本題に入らない相手に、少しイライラして、藤丸が口を挟んだ。
「新任区長向けのオリエンテーションですよ、要件は。案内、お読みにならなかったんですか?」
もってこい、と言われた極厚のマニュアルは持ち運ぶのが嫌で、それにアクセスできる端末しか持ち歩いていなかった。
「ずっと研究所からお出になってなかったようで、 アンタみたいな箱入りに関しては、近衛で面倒見た方がいいって、あたしからも閣下に進言したんですけどねぇ・・・・・・外に出して色々と面倒起こると、更に面倒ですし。
しかし、閣下のお考えでは、一度外の世界を見ておく方が良かろう、という事で。」
ぱたん、と手元の資料を閉じて、天城屋は正面から藤丸の目を見て言った。
「オレとしては、あのババァから少しでも離れられるなら、何でもいいけどな。」
ふん、と藤丸の言葉を鼻で笑って、天城屋は更に言葉を続ける。
「ま、新八王子区長、お困りの事がありましたら、いつでもご連絡下さいね。全て助けられるとは、限りませんが・・・。」
こっちもガキのお守りだけやってる訳にはいきませんからね、と世間慣れしていない藤丸にも分かる、自分を小バカにしたような言葉がさらりと漏れる。
「てか、てめぇ誰だよ?知らなきゃ、困った時に連絡もできねぇよ。」
自分が知らないとなると、きっと最近適合者としてババァに登用されたやつだな、と当たりを付けた。
「おや、ご存知ありませんでしたか?近衛副隊長、天城屋です。以後お見知りおきを・・・。」
送り出す様子も、オリエンテーションでの会話からも、以後困っても絶対係りたくないと思わせるやつだった。
ー今日は八王子に移動して、休むか。
時計が既に18時を過ぎていて、あとできる事はなさそうだ。
ーケンと、一度話したかったけどな。
これから隣の区に着任する、とメッセージだけ送って、藤丸は八王子区の唯一の連絡先として渡された、副区長の電話を呼び出した。
以外にも、女の声が向こうから聞こえてきて、やっと声変わりが終わって来た藤丸の声が夕方の新宿特区に響く。
ー男相手よりは少しは、やりやすいかもしれねぇか。
今日の天城屋の様子を思い出して、ホントにいけ好かない野郎だったぜ、と心の中で毒舌を吐く。
自分のバイクが止めてある駐車場に移動して電話を切り、慣れた様子でそれに跨がると、勢い良くベダルを踏みエンジンをかけて八王子へ飛ばした。
初対面の八王子区副区長は藤丸よりも少し背が高く、濃い栗色の髪を結い上げている、女性らしい体つきと雰囲気が支部職員のかっちりした制服とギャップのある印象だった。
初めて区庁舎と八王子区を訪れる藤丸の為に、大まかな概要を各部署の責任者から聞いてから、区内の視察をする手配がされていて、その手順自体は非常に手際良かった。
「ふーん。」
と隣を歩く副区長の案内で、自分の区を一通り見て回った藤丸新区長は
「で、何か問題は今あるか?」
と区長室にもどって彼女に聞いた。
「特には。うまくいっています。」
と答えてくるのに、藤丸が、ちらっと税収の数値を見る。
「うまくいってるって割には、ちゃんと取りきれてねーのな。」
手元の資料では、新宿特区から提示されている目標値の60%程度の納税額しか、実績があがっていなかった。
「それは・・・八王子の住民は貧しいですし、納税対象者も全て把握できていなくて・・・」
「はぁ?何で把握してねぇんだよ?」
ーそっからかよ・・・、前任区長は何やってたんだ?
と歯切れの悪い副区長の言葉に、気の短い藤丸はイラッとする。
「何かやってんのか?」
「何か、とは?」
「この税収額、上げるためにだよ!」
納税実績の資料を顔につきつけられて、適合者、とはいえ自分よりも10以上年下の少年に怒鳴りつけられ、女性副区長長の顔は強ばった。
「八王子は人口多い割に税収少ないって、特区では目ぇ付けられてんだよ。」
そうでしたか、と呟く彼女のいまいち鈍い反応に、またイラッとした。
「対策まとめてる資料、持ってこい。すぐに。」
どさっと区長席に座って、藤丸が女性を睨みつけて低い声で言った。
「すぐ、と言いわれても、対策案は部署毎にそれぞれありまして・・・」
「オレはすぐに、って言ってんだ。さっさとここから出て、集めて来い!」
また怒鳴りつけると、副区長は強ばった顔で返事もせずに、さっさと区長室を出て行った。
ーあれでナンバー2かよ。ここの奴ら、使えんのか?
端末のチェックをすると、ケンから返信があって、近いうちに会おうと書いてあった。
ーケンのとこは、軍隊の街だよな。
オレんとこより大変そうだな、と思い、パチンと端末を閉じた。
着任して一週間、藤丸はバイクを飛ばして立川へ向かっていた。自分のいる八王子はひどい道路の状態だが、立川に近づくにしたがって道はきれいに舗装され、バイクのスピードがぐんとあがる。
ケンから連絡のあった待ち合わせ場所の駐屯基地が見えて来ると、そこにはもうヴァンから出て、自分を待っているケンの姿が見て取れた。
勢い良くバイクをその敷地内へ滑り込ませ、ケンのヴァンの横でぴったり止める。
「藤丸、またヘルメットかぶってないのか?危ないな。」
彼の到着に気付いたケンが、側に寄って来た。
「何か、邪魔でよ。」
とバイクから降りた藤丸はケンが挨拶に上げた手を、パンと叩いて挨拶を返した。
「着任おめでとう、藤丸。まさか隣の区とはな。」
「あの胸くそ悪りぃ実験室から少しでも離れられて、せいせいしたぜ。」
「しかし・・・お前のその右手なら、近衛相当だと思ってたんだがな。」
駐屯地から離れ、そこから近い立川区庁舎へ向かおうと歩き出しながら、ケンが言った。
「実験もねぇのにババァの側になんか居たくねぇよ。」
ケンの隣のいつものポジションに収まって、一緒に庁舎まで歩く。
「しかし、来て一週間だろう。着任したては休んでもいいのに、俺の区の様子を見たいなんて・・・。」
慣れない事だらけで、疲れてるだろう、と藤丸に話しかける。
「それよりも、やんなきゃいけねぇ事がどんどん見つかってよ。まったく、何でこんな放っとくんだって、すぐやりゃぁいいのに・・・・・」
まだ、大人の事情が分からない、年若い区長が目の前の課題に奮闘している様子がうかがえて、ケンは思わず先に就任した区長として、彼のやる気を微笑ましく思う。
「八王子の前区長は何か引き継ぎ文書、残していったのか?」
もうすぐ区庁舎に着く時に、ケンが聞いて来る。
「何もねぇよ。」
ぶっきらぼうに言った感じでは、本当に引き継ぎ事項はなかったらしい、とケンは察した。
「それで着任して何か、分かったか?」
「取りあえず、やつら、なんもしてねーってことは。」
彼の毒舌に苦笑しながら、立川区庁舎の扉を開ける。
「区長室に行こう。そこからだと、お前の見たいものは全部データで見られるから。」
「ケン、いつも世話になって、わりーな。」
と珍しく素直に感謝の言葉を口にする藤丸に、”You’re welcome”と返す。
その言動に、大人になったな、と感慨深くも思い、ケンは立川区庁舎の自分のオフィスがある方へ案内するのだった。
区長室に入った藤丸が、まず驚いたのは膨大な記録文書が呼び出せばすぐ出てくる事だった。
「ケン、これって職員が全部自分でやってんのか?」
「基本軍隊だからな。上長へ報告できないやつは、除隊だ。」
八王子なんて、あんなせめぇとこなのに情報集められないのによ、と一週間使ってきた副区長の顔を思い浮かべる。
「そーいや、ケンのとこの副区長って何やってんだ?」
純粋に興味から、きいてみた。
「確か・・・自衛隊出身の日本人だ。元陸上自衛隊所属航空隊の・・・」
と、その経歴を聞いただけで、藤丸的には、げ、筋金入り、と八王子とは比べ物にならない。
「どうした?藤丸。」
頭を抱えて、自分の思考に落ちている彼をこっちに戻そうと、ケンが言葉をかける。
「いやー、八王子なんてさ、もと都庁職員の現場も知らねー、手も動かさねー官僚ばっかでよ。」
学歴の高いエリート、というのは、今までの藤丸の経歴から言ったら一番相性が悪いと思われた。
「でも、そこにヘッドとして置かれたってことは、お前に最終決定権があるんだろ?」
とケンが励ます意味でも前向きなポイントを藤丸に言う。
ま、そーだけどよ、と既に大人達の抵抗の壁に突き当たっている若者の、迷いが見える目がケンには分かる。
「藤丸、お前はできるやつなんだから、安心して、好きに行動しろよ。」
バン、と勢い良く、まだ10代前半の彼の背中を叩くと、イテーよ、ケン!、と藤丸の声が楽しそうに帰って来る。
ーこんな環境じゃなきゃ、本当はもっとゆっくり成長できたけどな・・・
と、ケンは自分が藤丸と同い年ぐらいのときの、自分の境遇と比べた。
「藤丸、困った事があればいつでも言ってこい。時間なんて気にするな。」
とケンは藤丸の隣にどさっと座り、視線を合わせて言う。
「サンキュ、ケン。いつもわりーな。」
と、やっと自分が知っている、研究所の時の悪ふざけをしていた雰囲気が感じられた。
ー無理してるんだな。
夕食を一緒に取ってから、八王子にバイクで帰る藤丸をケンは暗い立川の駐屯基地で見送る。
ー本当に、困った時は連絡して来いよ。
いつでもサポートしてやる、と独り立ちを始めた自分の頭の中ではまだ幼い昔なじみに、ケンはエールを送ったのだった。
「だっから、何でこの税収は、上がらねぇんだよ!」
この一週間、同じ話題をしてきた副区長と、藤丸はいいかげんうんざりして原因を問いつめていた。
「私たちは、この方法でずっと税収が上がるように努力してきました。あともう少し時間をかければ・・・」
「だっから、半年経っても、全然効果がネェンだろ。」
何度この会話をこいつとしたか、この1週間強の期間に、とうんざりして藤丸がため息をつき、区長の椅子に身体を預けた。
ーこんな狭い区内で、ここまで仕事が進まねぇなんておかしいよな?
少し自分で調べてみっか、と頭の隅で考えながら、煩いこの女も黙らせねぇと、と手元の端末を開く。
だから、とまだ言葉を続けそうな副区長を無視するように、藤丸はそれである番号を呼び出した。
彼女の方を見ずに、めあての相手が電話出たのに、藤丸は簡潔に要件を言った。
「八王子の職員使えねぇよ。全部強制労働送りにしていいか?」
藤丸の言葉に、副区長の動きが止まる。
”全部ですか?”
とその先の声の主が聞いてきた。
「待って下さい、藤丸区長、もうちょっとできる事やってみます。」
と副区長が言ったのに、3日後に人数連絡する、と藤丸が言って電話を切った。
冷や汗が額に浮かぶ副区長に、藤丸が言う。
「3日だかんな。待てんのは。」
くっ、と口惜しそうに、彼女は何も言わずに、区長室を出る。
ーま、いーじゃねぇか、もしかしたら誰か適合者様になって、帰って来るかもしれねぇしよ。
と自嘲気味に自分の右手を見つめ、それが自分に付けられた過去が思い出され、思わず側にあった区長の着任記念のオブジェを左手で取って、ガン、とその辺の本棚に向けて投げつけた。
ーふざけんな、ババァ!こんな化け物に誰がなりたくてなったってんだ!
彼の力では端が掛けただけのレリーフだったが、藤丸はそれを戻す事もなく、少しはやりきれない気持ちといらだちが収まったのか、区長室のPCで区庁舎内にある過去の税収に関する情報を吸い上げ、それを自分の端末へ送って異常値の検索を始めた。
税収対策結果の報告前日の夕方に、藤丸八王子区長の部屋に狩人部隊の赤銅隊長が訪問してきたのを区長室近くの八王子支部の職員が見つけ、職員の間に緊張が走っていた。
緊張した表情の八王子副区長は、区長室で近衛のトップと藤丸がどんな話をしているのか気になっている様子だが、低い声で話しているせいかドアが開いていても内容までは聞き取れない。
処分に容赦がないことで有名な赤銅隊長の訪問は、八王子で処分される人間が出たのか、又は自分の不始末が見つかったのかと怯える者もいた。
藤丸もまさか、自分が天城屋に狩人部隊の応援を依頼した時にこんな大物が来るとは思っていなかった。
ー近衛のトップかよ。
赤銅隊長が自分の目を見て、よろしくな、と言った時にきっと自分はちゃんとそのトップの目を見れていなかったと思う。
ーすんげー、威圧感だ。
ぽん、と肩に手を掛けられて、リラックスしろよ、と声もしたがまだ着任2週間足らずでは何を基準に気を抜けばいいのか分からなかった。
「で、俺はいつ何をすればいいんだ?」
ババァとは違う威圧感と、それとは違うほのかな居心地の良さが言葉から漏れて来て、藤丸は思わず安心感から甘えそうになる自分を叱咤する。
ー都庁のやつは信用できねぇ、ケン以外は・・・。
キッと目線をきつくして視線を上げ、赤銅近衛隊長に言った。
「明日、八王子の職員相手にミーティングする。その時にオレの背後にいてくれればいい。あと、オレの指示に歯向かったやつがどうなるか言ってくれれば。」
藤丸の気張った表情に少し思う事があったのか、赤銅近衛隊長は胸ポケットからシガレットを取り出す。
「火、あるか?」
「ねぇよ。」
ふっと笑って、以前の東京ではまだ中学生、の年齢の彼の頭をぽん、と撫でるように軽く叩く。
「安心しろ、八王子区長。全力でサポートしてやる。お前は閣下のお気に入りで、今の東京に本当に必要な人間でもあるからな。」
その仕草に、子ども扱いしやがって、と思うが、さすがにそれを表面に出すのはまずいと感じた藤丸は、
「近衛隊長、感謝するぜ。」
と言い捨ててその手を逃れ、区長室から足早に自室へ帰って行った。
「人手たりねーんだよ!!使えるヤツさっさとよこせ!」
また立川に向かうバイクの運転中に、都庁から受け取ったメッセージにすぐに文句を言い返そうとあのいけ好かない眼鏡の優男の直通電話に繋いだ。
「あんた、運転中じゃないんですかね?交通違反ですよ?」
休みの日に電話を取ってしまった天城屋が、さっさと切ろうと藤丸の行動を注意する。
「あいにく交通違反に引っかかるような通行人は、こんなとこにいねーよ。」
見る限り、誰もバイクの進行を横切らない、見晴らしのいい道路を一直線に走らせて藤丸が言い返した。
「あのねー、職員を切ったのアンタでしょ?ちゃんとその後考えて、切ったんでしょーよ。」
先日の税収改革案の結果で使えないヤツ、と藤丸が判断して、強制労働に仕分けされた女八王子副区長その他に同情する訳ではないが、ただでさえ人口が少ない東京の職員をさらに無駄にした彼に、少しは区長らしくしてもらおうと苦言を返す。
「人の質が違い過ぎんだよ!大体、立川なんて最初から組織だってんじゃねぇか!」
自分の要求を最初から通す気がない言葉を聞いて、 ぶちっと、 藤丸が切れて大声で怒鳴り返す。
「立川は立川。八王子は八王子に向くようにこっちでは振り分けさせて頂いておりますよ。手駒を使いこなせないようだったら、さっさと近衛にいらっしゃいましね。」
じょーだんじゃねぇ!、とばつっと音声が切れた。
ーんったく、子どものお守りまでこっちでさせられるとは、都庁の人材不足も極まってございますねぇ・・・
ま、閣下からの直接のご依頼じゃこっちも無下にはできませんが、と天城屋は携帯をさくっといつもの上着の内ポケットに落とす。
さて、白雪様のご機嫌伺いに、と踵を返して休日に出勤している近くの職員に指示を出す。
ーでも、八王子区長の右手はあたしでも、今の東京になくていいとは言えませんねぇ・・・
早いとこ代わりができて欲しいもんですが、と頭の中で勝手に彼を片付けようとしたが、さらにいけ好かない奴でもねぇ・・・とガキんちょの戯言の方がましか、と思いながら、麗しの白雪様への花束を手に恭しく都庁の最上階へ向かったのだった。
「藤丸、それは・・・頂いちゃえば良かったんじゃないか?」
天城屋との言い合いの後に、また週末の立川の例の待ち合わせ場所に来た藤丸に、ケンは笑いながら、藤丸の話に正直に感想を言った。
「なっ!ケンまで!」
だって、経験豊かな女性からの誘いだろ?と言うケンに、
「オメーまで、そんな事言うと思わなかったぜ。」
と軽蔑するような視線が来て、おや、とケンが反応する。
「大体、オレはあいつの上司なんだぜ。それを色仕掛けで誘惑して何とかしようなんて、ぜってーロクなもんじゃねぇ。」
あいつ、というのは最近よく話題に出る、藤丸曰く、使えない八王子区の女副区長のことだ。
処分してやった、という藤丸の言葉を聞きながら、
ーま、そりゃそうだな。
とケンも、もっともだ、と思う。
「それに、 あーゆーのを利用してどーにかしようとか、本気じゃなくて遊びだからとか、オレはヤなんだよ。」
藤丸の声が一段低くなって呟くように言うのに、そういえば、彼の出生は望まれない子どもだったとケンは思い出した。
そう言う彼の目は真剣だったが、同時に複雑で様々な価値観が入り交じっている大人の中で、その挟持を保って行けるのか、不安な様子も少し見て取れた。
「ま、お前は間違っちゃいないよ。変に受け入れて、弱みを握られて動きが取れなくなっても困るしな。」
とん、彼の背中を叩く。
そのケンの励ましに安心したのか、藤丸の口端が少しあがった。
「ただ、、、最初っから本命で本番だとかなり緊張するけどな。」
自分の時の事を思い出すようにケンが目を上げて言うと、
「ど、どーゆー意味だよ?」
と、彼の言葉に 藤丸が引っかかってくる。
「うん?興味があるのか?」
にやっと笑って見て来たケンの目に、よけーな事言っちまった、と言う表情をした。
「・・・・・・・、き、今日はその話をしに来たんじゃねぇよ。立川のシステム参考にさせてもらうのに来たんだよ!」
とさっさとこの話を終わらせようと、藤丸はケンから視線を外し、路肩から立って服に付いた土を軽く払う。
「そうだったな。しかし、、、、立川なんて男でしかも軍人ばっかで、色気もへったくれもないから、そういうのはちょっとうらやましいけどな。」
と、笑って言うケンに、
「好みじゃねぇオバはんに言いよられても、迷惑なだけだぜ?」
と、ビシッと言い返される。
ーオバ、、ま、藤丸の年じゃそうか・・・
彼の言い方に支部の職員とうまくいっているのか少し気になったが、とりあえずは今回の要件の立川庁舎の扉を開ける。
「区長室でシステム全体見てからがいいよな。」
とケンが確認するのに、藤丸が頷いた。
週初めに大量に八王子区から届いた職員の処分者リストを、赤銅泉はいつもの手順で内容を軽くチェックしていた。
「こんなに八王子から人出して、あそこ回るのか?」
「あー、その件で区長から人回してくれって、依頼が来てましたね。」
泉と一緒に処分者のチェックをしていた天城屋が答える。
「区長、ってあの細っこいガキか。」
「そーいや、隊長自ら行かれたんでしたね。先週八王子に。」
「ちょうど空いてたからな。」
と天城屋が見終わった分を受け取る。
その一番上にあった八王子副区長、の肩書きを見て
「ナンバー2まで処分したら、ガキ一人で狭い区内とはいえ無理じゃないか?」
とその処分書類を天城屋に見せる。
「その女はねー、真っ黒ですよ。ちょっと前に公金横領で処分した前区長とも、よろしくヤってたようで。」
書類にある処分理由を見ると、組織的、恒常的な税金着服と公金横領、とそのエビデンスが添付してあり、追加で管理権限逸脱、とあった。
「何だ、この管理権限逸脱って?」
「どーも、この処分を取り消させるために、現区長を誘惑して囲い込もうとしたらしいですよ?」
「相手はガキだろ?」
「13、4ですからね。本人が興味を持ってたら、危なかったでしょうね。」
そりゃクロだな、と泉が書類を束に戻す。
「しかし・・・、八王子は前区長だけじゃなく、何かあると思っていたがこんなに早く上がってくるとはな。」
軽く2、30人はいるリストをぱらぱらとめくって、泉が言う。
「さすが、閣下のお気に入りの右手の持ち主、ってところですかね。」
チェックが一段落ついて、別の仕事に取りかかろうと立ち上がり、天城屋は泉の執務室を出ようとする。
「八王子の職員補充、についてはこっちからも依頼出しといてやれよ。」
と泉が言うのに、了解致しました、と天城屋は答えてドアを閉めた。
「おい、八王子のシステム担当のヤツ誰だ?」
月曜に区長室から、大分人が捌けた職員のオフィスの方へ出て来た藤丸は、いつも用を言いつけていた副区長がいなくなったので、その辺の職員に話しかけた。
「あっ、あっちの隅です。」
話しかけられた職員は、一瞬自分も処分の対象になるのかと怯えながら、逃げるように対角線上の隅っこにいる人間を指し示す。
「サンキュ。」
そっちの方へさっさと向かって行く藤丸に、安堵したように当の職員は力が抜けていた。
隅っこに隠れるように、顔をモニタで見えないくらいに俯けてる、いかにもPCオタクっぽい太めの男のところへ、カツカツと藤丸は近づいてその横に突っ立った。
「おい、八王子のシステム全体見せろ。あとハード置いてある所に連れてけ。」
話しかけられていると思ってないのか、怖くて見られないのか、見下ろしている藤丸の方へその男は顔も上げもせず、ずっとモニタから目を離さない。
チッと舌打ちした藤丸は、足下にあったそいつのデスクトップをガン、と勢い良く蹴っ飛ばして部屋の隅まで転がし、職員が見ていたモニタを、両手でガサっと持ち上げて机の上から床に投げ捨てた。
「区長が聞いてんだ。顔上げて、挨拶ぐらいして、さっさと質問に答えろ。」
話しかけられた当人は視線を向けていたモニタがなくなって、藤丸を見て青ざめ、周りのそろそろ出社して来た職員たちは、とばっちりを受けないように目をそらせていた。
「は、ひゃい。ふ、藤丸区長。システム図はここに!」
デスクの一番上の引き出しから取り出した紙を受け取り、ちらっと見て藤丸はすぐに投げ捨てた。
「こんな子どもだましのヤツじゃなくって、ちゃんとどこに何があるか書いてあるやつだよ。」
ガン、と机に足を載っけて睨みつける。
「そ、、、、それはデータサーバの中に・・・・」
ふん、と言って足を戻す。
「誰かそれを探して、オレの所に送っとけ。あとお前はハードウェアの所に案内しろ。」
データ探しに逃げようとしたその男の襟首を捕まえて、案内しないと強制労働送りだぞ、と脅す。
「す、すぐにご案内します!」
ぎくしゃくと右手と右足が同時に出て、下手なからくり人形のように動くシステム担当についていく前に、
「お前らも、オレの言った事ちゃんとやらねーと、すぐクビにすっからな。」
と脅しのように言い捨てた。
夕方近く、システムハードまわりを大方を見終わった藤丸は区長室に、例のシステム担当とそれが連れて来たある程度機械まわりができる2、3人のメンバーを呼びつけていた。
「八王子のシステムを全面改修する。中身はオレがやるから必要資材集めて来い。」
気の弱そうな職員一同を睨みつけて、最初に餌食にしたシステム担当に必要資材のリストを渡す。
中身を怯えながら見ているそいつに、
「全部集まるか?」
とじろっと視線を流す。
「こ、、、、この辺は八王子でも手に入りますが、他のはどこで手に入るか皆目見当が・・・」
PCオタクが正直に言ってくるのに、以外と素直に対応する藤丸に、少しまわりの空気が緩む。
「その辺は杉並に当たってみろ。工場区だからあるだろ。これは前見たら立川に余分にあったから、連絡しとく。おめぇ取りに行けよ。あと、この辺は・・・都庁からかっぱらってくるしかねぇか・・・」
藤丸の言葉に何も動かないシステム担当その他に、
「分かったか?」
ときつい語調で睨みつける。
「は、はい。」
びくっとして、職員全員が藤丸の顔をやっと上司を見るような目で見た。
「都庁にはオレが行く。後は適当に振り分けて行けよ。明日までだ。」
指示を出し終わって、ぼーっと突っ立っている職員たちに、さっさと帰れ!と怒鳴りつけて、区長室を追い出す。
ーんったく、鈍くせー奴らだぜ・・・
と、今日の藤丸八王子区長のお仕事は終わったようだった。
あらかた資材が揃った2、3日後、藤丸は仕事場をサーバ室に移し、例のシステム担当を時々呼びつけて、簡単なプログラムとハード設定は全部そっちへ仕事をまわしていた。
「てめぇ、こんな簡単な不具合ぐらい何で直してねぇんだよ。」
前のシステムの使えそうな場所で簡単なバグが見つかって、藤丸があきれたように言う。
「そ、、、それは前区長と副区長が絶対やるなと・・・」
ーそういうことか・・・
仕事をシステム化せずに、書類まわりと手順を複雑にして横領しやすくしてたってことだな、と藤丸が予想した通りの様子が容易に頭に浮かんだ。
「オレの八王子はこのシステムで、全区内の動きと情報が見られるようにするからな。そのぐらいの不良はてめぇでさっさと直せよ。」
仕事を任された、という言葉にその職員は少し嬉しそうな表情をしたが、また用があったら呼ぶから、さっさと出てけ!と怒鳴られて、そのPCオタクはすぐにしゅんとしてサーバ室を出て行った。
と、藤丸の専用端末にいけ好かない近衛副隊長の番号が表示される。
「んだよ。仕事中で急がしーんだよ。」
一応繋いで、すぐ切ろうと煩そうに答える。
「おや、補充職員目処がつきそうなんですがね。止めときますか?」
と声が聞こえて来た。
ぴくっとして、
「話せよ。」
と天城屋を促す。
「全員補充は無理ですが・・・」
「半分でいい。ここの仕事オレの右手でシステム化すれば、それで十分回る。」
カチャカチャとキーボードを入力しながら、天城屋に答えているのとは別に、ぶつぶつと独り言のように呟いている。
「なら、近日中にご希望通り、手配できそうですね。あ、ちなみに次期副区長は男性と女性とどちらがよろしいですか?」
「男にしといてくれ。 当分仕事で女に係りたくねぇ。」
と言うのに、拝承致しました、とイカレメガネのからかうような返事が聞こえる。
今日中に補充職員の経歴送っときますから、見といて下さいよ、と言う言葉を最後に天城屋の電話は切れた。
その電話が切れた後も、藤丸の独り言はサーバ室ではずっと続いていて、それと一緒に新八王子区システムが彼の作ったプラン通りにどんどん組み立てられて行く。
定時を過ぎてもサーバ室から出て来ない区長の様子に、八王子のアドミン責任者がその部屋のドアをノックする。
「藤丸区長?藤丸様、もうこちらは仕事終わりましたので、失礼させて頂きますが。」
ぶつぶつと他人目からは独り言に見えるそれがやっと止まって、藤丸がドアの方を見る。
「ああ、かまわねぇよ。明日もちゃんと来いよ。」
と答えてまたさっきと同じ作業に戻る。
ーあの子供・・・何だ?
精神異常の独り言、とは違う感じにその八王子職員は自分の知らない不気味な雰囲気を感じる。
そんな周りの人間の感情はかまわずに、目の前のシステムの完成に集中し、藤丸は手元の機械と会話を続ける。
時計が夜中の12時を回った後も、サーバ室の灯りはオフにならずに作業と会話は続き、午前3時を過ぎた辺りでやっと眠くなって来たのか、藤丸は手元の毛布を引き寄せて灯りを消し、仮眠を取ろうと横になった。